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素粒子の交換 [新聞ですけっち]

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秋も深まってきた。 高度1600mあたりでは黄葉真っ盛り。
これからだんだんと里に紅葉が下りてくる。
季節の移り変わり。 木々の葉っぱも次々とバトンを繋げていく。

人間の体も例外ではない。
日々新しい何かに変わっていっている。
でもほとんどそれを実感することは稀なことだ。
すべて自動的。

自然治癒力もその一つ。
悪い所があれば本人に関係なく改善してくれる。
それができなくなると病気と言うことになるのだろう。

細胞の最小単位が素粒子。
その世界まで行くともう空間はガラガラ。
吹けば飛ぶような世界のように思ってしまう。
簡単に素粒子の交換ができそうだ。  悪い素粒子から良い素粒子に。
でも実際は強力なエネルギーで繋がっているのだろう。
この世界の広い空間にはありとあらゆる素粒子が存在する。
それを意識的に取り入れることができれば。

自然はこれをいとも簡単に行っている。
そして人には意識と言う強い力がある。

大いなる自分 [新聞ですけっち]

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自然の美しさや芸術を理解するには今にいる必要がある。
考え事とかエゴが働いていると美を見ることはできない。

このエゴが問題なのだ。
悩んだり、恐怖を覚えたり、不安を持ったり、怒りが湧き起こったり等、
エゴのなせる業で結構ネガティブな性格を持っている。
これが過去や未来に目を向けて今にあろうとしない。
たいてい過去を思えば悔しさや怒り、未来を思えば不安や恐怖が起こる。
エゴは今が大嫌いなのだ。
そして、ほとんどの時間このエゴの言いなりになっているのが実情。

もしエゴを外すことができたなら、そのあとに残るのもの。  
これが大いなる自分だ。
この大いなる自分にいない限り美や芸術を感じることはできない。
エゴを超えた奥深い所にある。

まずは
エゴと大いなる自分、この2重構造をしっかりと認識することが必要なのだろう。



自分の顔 [新聞ですけっち]

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目で見るところは自分の外側しか見えない。 
自分の顔などは見たことがないわけだ。
いつも一緒にいるのに自分の顔を知らない。
不思議と言えば不思議なはなしだ。
自分のことは自分が一番よく知っている。
これも本当かどうか疑いが出てくる。

自分の意識がなければ外の世界も存在しない。
かと言って内側もはっきりと分かるわけでもない。

どちらにしてもハッキリしない。
そんなあやふやな世界なんだなーと新年にしみじみする。

内に全てが [新聞ですけっち]

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展覧会がおわりました。 今回もソネブロの方にもきていただきました。
ありがとうございました。

京都では10年ぶりの墨絵「奏墨」でした。
当然初めて見ていただく人も多く、びっくりされました。

自分の中に全てのものが整っている。
それを静かに眺める時、おのずと必要なものが湧き上がってくる。
それをただただ素直に表現する。
これが絵を描くメカニズム。 

そんなことを多く感じた展覧会でした。

無抵抗 [新聞ですけっち]

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連日のこの暑さはすごいもの。
これだけスッキリと来られると返って気持ちがいいものだ。
暑い暑いと抵抗していると体の調子もはかどらない。
ここは一つこの夏に敬意を表わすのもいいのかも知れない。

自然の美しさは無抵抗さにあるのではと最近思うようになった。
人もしかり。
何で多くのことに抵抗していたのかと暑さと共に感じてしまう。
ある意識を持って抵抗しない生き方もあるようだ。
抵抗が抵抗を生む。
だからと言って人任せの行き方では決して無いことも、
合わせて意識する必要があるのだが。


美の源泉 [新聞ですけっち]

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「天から降りてきた」。 多くの芸術家からよく聞いた言葉だ。

美の本質は思考が働いている間は決して生まれない。
このことに気がつくまで随分と時間がかかった。
思考が外れた時に本来の自分が現れてくることは
以前にも書いたことがある。
いわばカバーが外れる感じだろうか。
または一面の雲が晴れて太陽が現れて来る。そんな感じ。
そうすると溢れるばかりの才能の泉がそこにある。
そしてその泉からただ汲み上げればいいだけなのだ。
と、簡単言ってもなかなかそうはいかないのが現実でもある。

要はいかに本来の自分にいられるかが芸術の本質に関わってくる。
その位置その目から見ない限り芸術は理解できないのかも知れない。

結果を求める [新聞ですけっち]

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何かをする時は当然いい結果を求める。   もちろん得になること。   
日々の行動様態はおおむねそのように働くようにしつけられてもいる。   
結果が出なければ何もならないのが大原則だ。 と今まではそんな時代だった気がする。   
そのために希望とか夢を持ち出して将来に責任をおおいかぶせてきた。   
夢を持ちましょう。   夢があればどんな苦労も耐えられると。   
そして大事な今を台無しにしたものだ。   
将来などは永遠にやってこないのは日々体験しているはず。   
にもかかわらず、なのである。   人は今を生きるしかできない。    
そんなことが今頃実感している。  
そして結果は後からついてくるだ。


テレビ好きだが [新聞ですけっち]

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テレビ好き、子どもの頃からの習慣と言ってもいいのだろうか。  
とにかくテレビがないと生きられない。
ところが最近見るべき番組がないのだ。  
ドラマと言えばは警察関係と病院関係、学校関係のもの、ちょっと食傷気味。 
どうでしょう?   
あとバラエティーとなるともう見る気がしなくなっている。  
歴史ドラマなどは何か押し付けられて窮屈になる。  
年のせいだといわれればそのとおり。   
テレビに依存しているくせに文句が多いことだ。  
だが何かがずれ出しているのも、そんな音が聞こえてくるのも事実だ。   
誰にでも納得できるものなど表層的にはもう得られない時代になってきたのだろう。


ナンキンハゼの紅葉 [新聞ですけっち]

今年の紅葉は色爽やかな感じがする。    街路樹のナンキンハゼの紅葉は特に見事。    それこそいろんな色が溶け合いハーモニーを奏でている。   緑の中に黄色、黄色の中に橙色、赤の中の真紅、真紅の中の茶色、茶色の中の黒色。    少し黒っぽい幹や枝、空の青、道路に浮かぶ陽だまりのゆらめき。     あらゆる存在が調和している。   これを普通に創りあげる自然の美しさ。    こんなとき自分は本当の自分でいられるんだなぁー。     まさに 「今にある」 ことにどっぷりと浸っている。    

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ムーントーク :「自分に戻れると幸せである」

騒がしい頭 [新聞ですけっち]

ボーッとして一日を過ごしていても頭の中は忙しく駆け巡る。    何が駆け巡っているのか、本当の自分なのか何なのか。   そして常にアッチ行ったりコッチ行ったりと。   この物理次元の世界はいかにもしっかりと確固とした存在と思っていたが。    どうもそうではない気がしてきている。    そう常にものごとは揺れ動いているわけだから。   だがエゴはこの確固とした物理次元が大好きだ。  ここに執着する。   ここを放そうとはしない。    そして本来の自分とこのエゴのせめぎ合いがおこっている。   どちらが多くを占めるか。  実に 騒がしくしているのがこのエゴというわけだ。  

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ムーントーク :「自分を捨てたとき自分が出てくる」  

   




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